+ズルイ+
「せっかくの春やのになぁ…」
窓の外を見て小さくため息をつく。
昨日せっせとてるてる坊主を作っていた彼の事を、不意に想った。
霧のように飛沫を上げる雨は、どうやら彼の願いを叶えてはくれなさそうだ。
(…気の毒になぁ。)
狭い窓から見上げる世界。
どんよりとした空。
雨音、風音。
誰一人いないはずなのに、いつもよりうるさい視界と矛盾。
明日は雨が降ると、きちんと教えておくべきだっただろうか。
…でも、楽しそうにピクニックがある事を語る彼に、水を差したくなかった。
そういう意味では、自分は卑怯なのかもしれない。
雨は嫌いだ。
気分が沈む。
それに合わせて考える事まで暗くなる。
暗い暗い空。
見上げる意味もない。
まるで見えない彼の気持ちを代弁するかのように、暗く音だけが響く世界。
雨音。
風音。
耳鳴り。
心音。
「…?」
それに混じった、喜びの声。
思わず、発信源を探して扉を開く。
雨の中の声、湿った空気。
跳ねる泥、小さな飛沫、白い息。
「そやな、あんさんらは嬉しいやろうな…。」
見上げる先には大きな樹。
それだけじゃない。
小さな樹も、草も、雨を受けて、ああ嬉しいと。
ああ雨が好きだと歌い始める。
「ほんまに…単純でうらやましいわ」
晴れの日には太陽に感謝し、ああ晴れが好きだと歌うくせに。
少しだけ、樹の表面を撫でた。
(…わいと、大違いやな。)
真っ直ぐに好きだと言える事が羨ましい。
真っ直ぐに感謝できる事が羨ましい。
自分にはそんな物は無くて。
いつも回答から逃げてばかりだ。
小さく、天を仰ぐ。
(…そういや、傘もささんと来たなぁ)
でも、それでいいとも思った。
このまま、雨に当たり続けていれば、こいつらのように雨を好きになれるかもしれないから。
…真っ直ぐな気持ちを、分けてもらえる気がするから。
「くさかげさん!何してるんですか!!」
霧の向こうに人影が見えた。
いつも、真っ直ぐに自分を好いてくれる彼の姿。
その足取りは急ぎ足。
顔色を変えて駆け寄ってくる。
よほど自分は異常な行動をしているように見えたのだろうか。
「よぉ、トピ」
小さくため息。
ある意味いつもの彼らしい挙動だ。
「風邪、ひいちゃいますよ」
「大丈夫や、わい、アホやさかい風邪ひかへんわ」
差し伸べられた傘を返して、冗談混じりに答える。
彼の表情がますます険しくなった。
「そんなこと言ったって…なんでまた雨なんかに当たってるんですか?」
なるほど、と思う。
植物ならいざ知らず、普通なら雨なんか、と思うのが普通だ。
少しだけ、口元で笑んだ。
「わいなぁ、植物使いこなすことできるやろ?」
指をならして、植物を伸ばす。
自分と彼にはこれで雨は当たらない。
もっとも、ここまで濡れている自分にはあまり関係ないけれど。
「こいつらな、雨が降ると喜ぶんや…嬉しそうに楽しそうに…。歌歌う奴までおるんや」
自分の話に、怪訝そうに頷く彼。
やはり、自分の心配をしてくれてるのだろうか。
(…ほんま、優しいなぁ)
そう思いながら、話を続ける。
「こいつらは晴れも好きや。晴れたら晴れたで嬉しそうに楽しそうにしよるし、やっぱり歌うやつまでおる…」
いつ、どんな話をしても、彼は絶対に笑わない。
いつでも真剣に聞いてくれる。
いつでもありのままの自分を受け入れてくれる。
つまりは真っ直ぐだという事。
「わいも晴れるのは好きや。せやけど雨は嫌いや…じめじめするし外には出られへんし…お前にも会われへん」
軽く、頭を撫でると彼は小さく苦笑した。
「僕も…雨、嫌いです」
本当に、正直者だと思う。
駆け引きも何もない、本心からの言葉。
自分は、真っ直ぐに言葉を吐くには大人すぎて…
理性でやり取りするには子供すぎる。
…真っ直ぐな彼が本当に羨ましい。
「…せやけどな、わいにしかわからへんねん。こいつらの声とか、気持ちとか…せやからな、わいが共感してやらなあかんねん…いつも、お世話になってるからな。…せやから、こやってこいつらみたいに雨浴びてたら、こいつらの気持ちわかるかな、って思たんや。共感してやりたいな…って」
自分はずるいと思う。
ほんの少しの言葉にさえ、格好をつけて、何かにつけては説明しようとする。
本当は、そんなにはっきりとした理由でこんな場所に立っていたわけでもないのに。
そんな、ずるい自分の言葉を聞いて、彼は心から尊敬してくれる。
本当は、羨ましい。
本当に、羨ましい。
ちっとも飾らない、彼が羨ましい。
真っ直ぐな眼が、羨ましい。
そのやさしさが、羨ましい。
…そして、愛しいと思う。
…それでも、口には出さない。
それが自分のずるさだ。
不意に。
彼が葉の外に出る。
傘もささずに。
「トピ…なにしてんねん」
「僕も、雨嫌いだから…好きなろうかな、って…」
「アホか!風邪ひくで!」
「アホだから、大丈夫ですよ」
…参った。
本当に、アホだと思う。
こんな自分の言葉を聞いて、こんな事するのだから…本当に、理解できないくらい、アホだと思う。
…今度は、こっちがため息をつく番だった。
「知らんからな、風邪ひいても…」
「ひいたら、看病してくださいね?」
ふふ、と意地悪く笑う彼。
ああ、本当にかなわない。わいはどう頑張っても、彼から眼を背けられないのだ。
「…どアホ」
ふん、と鼻を鳴らし、わいはその細い体を抱き締めた。
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るきさんからいただきました
私の小説を読んで思いついてくださったようで
くさかげサイドとでもいいましょうか
こういう捕らえ方もあるんだなあと感心しました
私もくさかげサイドかいてみますです