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大きく開いたサメハダ岩の口のところから外を眺める
絶景と言えば絶景だが下手すると絶叫になりかねない
優しく言うなら包み込むような
怖く言うなら飲み込まれてしまいそうな海が広がる


そんな海に吸い込まれていく微かな水滴を眺める暫く眺めていたが
踵を返して背を向けた
暇つぶしには向かないようだ


「遅いなぁ…マブタ…」
チラリと入り口を見やるが誰かが入ってくる気配はなかった
「まだそんなに時間は遅くないよ」
そうキノコが言うと
「いつもと違うメンバーだから時間がかかってる…」
ラックが本を読む手をとめながらそう答えた
「そうだといいんだけど…」


ため息を1つついて入り口をまた見やるがやはり気配はなかった
「そんなに心配するならついていけば良かったんだよ」
キノコはそう呆れたように言うと人参を切り始めご飯の支度をし始めた
ラックも同意するように小さく頷くとまた本に目をおとした


薄情だなあとも思ったが
自分もそうだったことをキノコの台詞で思い知ったため何にも言い返す言葉が見つからなかった


今日の探検はマブタと新入り4人に行かせた
僕とキノコとラックはレベルが100になってしまい
マブタだけレベルがまだ100になってなかった
だからマブタだけを行かせた


理由をあげてみるといかに数字に頼った事務的な判断だったのかと思った


もし新しいチームのレベルが足りなくて
もし新しいチームの力量がたりなくて


考えだすときりがない
慣れないチームで苦戦しているだけならまだましだけれど
もし苦戦以上の状態になってしまったら…


アイテムは十分すぎるくらいに用意してバックに入れていた
回復のオレンの実もふっかつの種も…


けれども…
もしも
もしや
もしかしたら


それを考えるときりがない
おかしな話だ


自分で送り出しておいて
自分ですべて準備しておいて
嫌がるマブタを無理矢理送り出しておいて
みんなみんな僕が自分でしたこと


なのに何故後悔しているのだろう
誰も悪くない
悪いのは自分自信だ自業自得だ
なのに行き場のない怒りと焦りが湧いてきて壁に手を叩きつけた

大して腕力のない僕の腕は壁に負け痺れてしまった
バカだなあそう思って腕をおさえた
痺れはおさまらない


リーダーという立場上僕はチームをしきり
命令し自由に動かすことができる


しかし、同時に全責任は僕にある
失敗や怪我、不慮の事故などすべて僕の責任になる
だけど僕が今回恐れているのはそんな理由ではない…


マブタをマブタを…


震えが止まらなくなった
全身から汗が噴き出す

怖い
怖い
怖い
怖い


こんな気持ち初めてだった
いままで怖いなんて感じたことがなかった


どんな危険な依頼でも
どんな危険なダンジョンでも
どんなに強い敵にも…


こんな感情抱いたことがなかった


何故…いや…それよりも何故今まで感情を抱いたことが感じたことがなかったのか…


震えが止まらない深い暗い海の底に沈められていくようだった
心の中が真っ暗になる


誰か…
誰か…
誰か助け…


怖い…
怖い…
誰か






「…カル…カル」
ぼんやりと声が聞こえる
どうでも良い気分になってその声から逃避しようとする


「ヒカル!!ヒカル!!ヒカルってば」
今度はしっかりと聞こえた
はっとして意識がもどる


大きくあいた口のところから霧のような雨がいまだにふっていた
体はしっかりと支えられ手は握られていた
ちょうど抱きかかえられているような状態だった


視界いっぱいに入ってきたのは間違いなく心配していた相手…マブタだった
その目は心配の色に満ちていた


「よかった、声かけても全然反応しないから心配したんだよ?」
ヘヘっと笑う彼の顔から不安が取り除かれていった
「…おそかったじゃない」
「ああ、ごめんごめんちょっと手間取ってね」


ラックが言ったとおりだった
本ごしにこちらを見やるラックの視線がほれみたことかといわんばかりに僕に突き刺さる


よかったと思ったのもつかの間
よく見ると肩を怪我していた
「マブタ…それ…」
「ああ、これ?今日はラックがいなかったからさ」
「オレンの実は?あんなに持たせたじゃない」
「全部他のメンバーに使っちゃった」
悪びれなく笑うようにあっけらかんに答えるマブタに頭が痛くなる感覚を覚える
「ラック!!つきのひかりですぐに」
本から顔をあげたラックは顔を静かに横に振り大きくあいた外を指した
天候は雨
対した成果があがらないということがいいたいらしい


「そんな酷い怪我じゃないから弱いひかりでも大丈夫だから」
「たいしたことないから舐めとけば治るよ」
遮るようにマブタの声が入る
ラックはため息を1つつくと本を半開き状態でもったまま立ち上がって
キノコのいる台所の方へと歩きだした
うるさいとでも言いたいのだろうか
本気で薄情者なのかもしれない


僕がイライラしているとマブタは座って楽な姿勢になっていた
傷口はたしかにたいしたことはないがたいしたことなくても痛いに決まっている
痛いからこそ傷口ができているのだから
そばまで駆け寄ってよくよく見てみると思ったよりも酷くて痛そうであった
右手で触れるか触れないか程度の力で触れてみる

「ツッ…」


一瞬だか悲痛な声をあげて顔が痛みに歪んだ
冷たくて嫌なものが背筋を走り嫌な感覚が電気のように体を貫いた
「ごめん…」
「?」
「ごめん…ごめん…ごめんね…」
マブタに抱きついて大きな声を上げて泣き出した
一瞬戸惑ったような表情をしたがいつもの優しい表情に戻るとヒカルの頭を撫でた
「どうしたのさ」
「ごめんね…僕のせいでこんな怪我して」
「怪我は僕の不注意だよ」
「僕がマブタ1人をいかせたから…」
「本当に怪我はたいしたことないよ」
マブタの胸に埋もれていた僕の顔をやさしく上にむかせると
指で僕の涙の後をなぞって拭った



「だから僕を信じて」


決して強い口調ではない
やさしくて
やわらかくて
それでいてしっかりとした


「ヒカルが僕を信じてくれたら僕頑張れるから」
優しく微笑むマブタの姿


心の中の恐怖がなくなっていくのがわかった
冷たく暗い闇の底に
暖かく明るい光が射し込む気がした


ああそうか
そうだったんだ
今まで自分が
どんな場所でも
どんな敵でも平気で怖くなかった理由が今わかった



「うん、信じる」
お返しにたっぷりの笑顔を返すとマブタは
「うん、良い笑顔ヒカルは笑顔が一番だよ」
ひょいと体が持ち上げられる
気がつくとマブタの頭の上にいた
僕の指定席だった髪の毛に顔を埋めるとマブタの匂いがした
太陽によく似た暖かい匂い
もっと感じたくてもっと埋める


「くすぐったいよ」
マブタの声に悪戯っぽく笑って見せる
「へへへー」
「もう、でもよかったいつものヒカルだ」
そうして2人で笑う


「あ〜お腹減った」
「キノコが作ってるはずだよ」
「じゃあ手伝いに行こ早く食べたいし」
「うん♪」


指定席に乗ったまま僕は台所のほうに移動し始めた雨はいつの間にか止んでいた


おまけ
「やれやれですね…だからそんなに遅くないと言ったんです」
「だから…時間…かかってるって言ったんだ…」
「ほんと…心配性ですよね」
「きっと…ヒカル…マブタ…好き」
「みてられないですねえ」
「……モモンとチーゴを一緒に炒めるか…オマエに前衛料理の趣味があるとは知らなかった。」
「え?あれ??お、おかしいですね…ロメとタポル炒めてたはずなのですが…」
「……白状しろ…どうせ料理の事など頭に無かったのだろう?」
「え?」
「……マブタの心配か…?分かりやすいな…オマエも……。」
「…そういうラックさんこそ本を逆に持ってさかさま文字を読む練習ですか?すごいですね」
「…!!」
「ククッ…バカらしいですねクククク」
「フッ…フフフ…」


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ぽけはるの春景色さんに捧げます
ヒカルとマブタの可愛さは異常♪



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